小林賢太郎@道新ホール

KENTARO KOBAYASHI SOLO CONTE LIVE「ポツネン」(12/10+12/11昼・夜)


小林賢太郎さんに向けてラブレターを書いてみようと思います。

  • 相当気持ち悪いですよ
  • 面白かった・面白くなかったすら知りたくない方は、お読みにならない方がいいかもしれません
  • 物好きな方だけ自己責任で宜しくどうぞ

小林賢太郎さんへ(天使ver.)

ありがとうございました。
一人芝居?大喜利?名前なんてどうだっていいと思います。
「これが小林賢太郎のコントです」というなら、それが全てなのでしょう。
演者がのびのびと嬉しそうにしている様子はみていて気持ちがいいですね。もちろん笑わせてもらいましたよ。そのために来てるんだから、それは当たり前のこととして。
これからも小林さんが、ラーメンズが、片桐さんがにこにこのびのび嬉しそうに舞台に立てる、世界の中心にポツネンとある国でありますように。
楽しかったです。面白かったです。ありがとう。ラーメンズを札幌に呼んでくれるえらい人にも、ありがとう。また来ます。また笑いに来ます。期待してます。

小林賢太郎さんへ(悪魔ver.)

結局のところ小林賢太郎が本気でやりたい事は小林賢太郎にしか再現出来ない、という事なんですね。GBLの時の感じたモヤモヤがなんとなく晴れた気になれました。ありがとうございます。


あのときあの舞台の上には、小林賢太郎のクローンが5人居ればそれで良かったんじゃないでしょうか。現実的に不可能ですけれども、もしそれが実現出来たらどんなに良かっただろうに。非常に残念です。
あの場に漂っていた”空気”に、観客であるアタシは随分と疲れてしまったのです。そういう”空気”を、勝手に感じてしまいました。そんな中でも片桐仁だけはさすがに長年の勘でその”空気”にひっそりと寄り添っているように見えました。


しかしあくまでも寄り添う、までなのです。中にまで切り込んで行って、あわよくばその世界を覆してやろう、というところまでは至っていなかった。その必要がなかったからです。単なる「駒」でさえあればそれで良かった。「駒」は、小林賢太郎の手の平の上に存在する「盤」に乗ってさえいれば良かった。なのに、手の平は駒に急かして言うんですよ。飛び出せ!と。この盤から自由に羽ばたいてみろ!と。出来るわけないのにね。「駒」が「盤」を飛び出すのを引き止めていたのは、誰あろう小林賢太郎自身だったんじゃないでしょうか。
アタシはあのときそんな”空気”を勝手に感じて、なんともモヤモヤしたものでした。


結局のところアナタは、「盤」の中で四の五の言ってるのが一番好きなんじゃないですか?実のところそれが一番面白いと思ってませんか?それはそれでいいと思います。だけど、その「盤」には5人も乗せられないのです。その狭くて清潔で綺麗で無味乾燥な空間には、精々まだ2人くらいしか乗せられない。成人男性が5人も居座ってちゃあ、男臭いわ熱気むんむんだわで、とてもやってけないですよ。繰り返しますが、それはそれで全然いいと思います。「盤」が好きなら、それが面白いなら、それだけやってればいいんですから。
でもね、と。「盤」は出来るだけ広いに越したことはないですよね。そこに色んな人が乗り込んで来てくれたら、きっと楽しいですよね。


ジタバタして下さい。格好悪くてもいいんです。まとまっている必要もありません。失敗も一回ぐらいならしてもいいんじゃないですか?多分周りの優しい人々は許してくれますから。結局色々やってみたらグルッと一周して元に戻ったね、ってんでも全然いいと思います。何より、そこに片桐仁が居るなら!なんだって出来ると思いませんか。


大丈夫ですよ。どんどん行きましょう。ずっと見てますから、好きに行って下さい。ただし、どんどん面白くなってもらいますよ。アタシは「ほお」と言うために小林賢太郎のコントを見に行きません。ただただ「笑い」のためだけに金を払い、「笑い」のためだけに劇場に足を運んでいます。だから笑わせて下さい。そう思ってまた次も見に行くんです。これからのアナタに期待してます。